二次放散による室内空気汚染
2000年12月25日
CSN #167
デンマークは室内空気質(IAQ)に関する研究や対策が進んでおり、デンマーク室内気候協会(Danish Society of Indoor Climate)とノルウェー室内気候フォーラム(Norwegian Forum of Indoor Climate)は、建築材料と室内で使用する製品に対して室内気候ラベル( THE INDOOR CLIMATE LABEL )を表示する仕組みを作ってきました[1][2]。
デンマークの室内気候ラベルは、室内気候ラベリング(The indoor climate labelling)という独立した組織を作り、デンマーク室内気候協会が作成した標準試験方法および製品基準に基づいて、室内気候ラベルが発行される仕組みとなっています[1][2]。
このラベリングシステムを作成するにあたっては、IAQの研究では世界的に大きな権威があるデンマーク国立労働衛生研究所のPeder Wolkoff博士が大きく関与しています。Peder Wolkoff博士は、建材表面から放散する揮発性有機化合物(VOC)の測定に関する研究を行う中で、FLEC(Field and Laboratory Emission Cell)という測定システムを開発しており、国内外の学術機関や企業の研究者も、FLECを用いて評価を行っているところが少なくありません。ただ、FLECにも問題点が指摘されており、試験評価への適用方法については、その制約条件を十分把握する必要があることがわかってきています[3]。
最近Peder Wolkoff博士は、IAQ問題に関して新たな研究結果を報告しています。それは、VOCの放散にはPrimary Emission(初期放散)とSecondary Emission(二次放散)があり、二次放散も居住者の健康影響に対して無視できない可能性があるというものです[4]。
二次放散とは、室内のさまざまな環境因子によって、室内材料において二次的な化学反応が起こり、そこに含まれていない新たな化学物質が室内に放散することを意味します。例えばそれらの環境因子としては、オゾン、湿熱、光(特に紫外線)などがあります。オゾンは強い酸化作用を有する化学物質のため、高い反応性を有しています。紫外線は活性エネルギーが高いため化学反応を起こしやすく、特に300nm以下の低い波長の紫外線は、人体に対して有害でもあります。また、アクリル酸エステル系樹脂、ポリエステル系樹脂、アミド系樹脂、ウレタン樹脂、尿素樹脂など、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、尿素結合を有する化学物質は加水分解することがあります。特に、高温多湿下、酸や塩基性物質が共存すると、その反応は進行しやすくなります。また、このような反応は、数十年経過しても進行することがあります。
表1 二次反応によって生成する物質の一例([4][5]及び筆者の分析結果より作成)
もとの物質 |
反応種類 |
二次生成物 |
テルペン |
オゾン |
アルデヒド類、ケトン類 |
紫外線硬化樹脂に残留する光開始剤 |
紫外線 |
アルデヒド類、ケトン類、アルコール類など |
ポリエチレン |
紫外線 |
アルコール類、ケトン類 |
アクリル酸エステル系樹脂 |
加水分解 |
アルコール類など |
ポリスチレン |
紫外線 |
不飽和ケトン類、アルデヒド類、スチレン、スチレントリマーなど |
ウレタン樹脂 |
加水分解 |
アゾ化合物、キノンイミド |
このように、室内のさまざまな環境要因によって生じた二次反応によって、二次放散が生じることがあります。デンマーク国立建築研究所のHenrik N. Knudsen博士の報告によると、人を使ったボランティアによる小型チャンバー実験でカーペットにオゾンを曝露したところ、臭いの閾値を下回るわずか10ppbのオゾン濃度でも、オゾンを曝露していない対照群よりも臭気強度の増加や臭気好みの変化が確認されています[4]。(WHOの空気質ガイドラインは20度8時間値で120ppb、一般大気中濃度が10-100ppb)
多種多様な化学物質が存在する室内空気質に対する取り組みにおいて、これまで初期放散に対する研究と対策が主に行われてきました。しかしながら、初期放散対策を行った室内においても、粘膜刺激や臭気強度の増加が観察されるのであれば、このような二次放散の研究は非常に重要となってきます。今後の研究に注目したいと思います。
Author: Kenichi Azuma
<参考文献>
[1] Danish Society
of Indoor Climate, August, 2000
http://www.dsic.org/dsic.htm
[2] Kenichi Azuma,
デンマークの室内気候ラベル, CSN #155, October 2, 2000
http://www.kcn.ne.jp/~azuma/news/Oct2000/001002.htm
[3] 村上周三 et al., FLEC内の化学物質放散性状に関するCFD解析, 空気調和・衛生工学会 平成12年度学術講演会講演論文集, pp9-12, 2000
[4] Peder Wolkoff, Tunga Salthammer, Henric N. Knudsen, General paper for Tokyo/Osaka Seminars, December 5-6, 2000
[5] 監修:大勝靖一, 高分子安定化の総合技術−メカニズムと応用展開−, 株式会社シーエムシー, March 31, 1997第1版